大阪地方裁判所 昭和40年(行ウ)94号 判決 1968年12月27日
大阪市都島区高倉町一丁目九八番地
原告
橋本正己
右訴訟代理人弁護士
仲重信吉
大阪市城東区野江中之町三丁目一五番地
被告旭税務署長
荒井広
右訴訟代理人弁護士
麻植福雄
右指定代理人検事
広木重喜
右同法務事務官
松浦義雄
右同大蔵事務官
下山宣夫
右同大蔵事務官
勝瑞茂喜
右当事者間の昭和四〇年(行ウ)九四号所得税更正処分取消請求事件につき、当裁判所は次のとおり判決する。
主文
被告が原告に対し、昭和三九年九月一五日付でなした昭和三八年分所得税の更正決定のうち所得金額
金六六三、四五四円を超える部分は取消す。
原告その余の請求は棄却する。
訴訟費用はこれを一〇分し、その一を原告の、その余を被告の負担とする。
事実
第一、当事者双方の申立
(原告の申立)
被告が昭和三九年九月一五日付で、原告の昭和三八年度分の所得税につき、その所得金額を金一、一七六、〇〇〇円としてなした更正決定のうち、所得金額金六一三、〇〇〇円を超える部分は取消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
(被告の申立)
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
第二、当事者双方の主張ならびに答弁
(原告の主張)
一、原告は、毛メリヤス加工業を営むものである。
二、本件訴までの手続は左の通りである。原告の昭和三八年分の所得税につき、
原告 昭和三九年三月一六日、確定申告(所得金額六一三、〇〇〇円)
被告 同年九月一五日 更正決定(所得金額一、一七六、〇〇〇円)をその頃原告に通知
原告 同年一〇月一五日 異議申立(被告に対し)
被告 同年一二月二六日 右棄却決定、その頃原告に通知
原告 昭和四〇年一月二〇日 審査請求(大阪国税局長に対し)
同局長 同年六月五日 右棄却の裁決
同年六月六日 右裁決書原告に送付
原告 同年九月六日 本件訴提起
三、しかし、原告の昭和三八年度分の所得金額は後記のとおり六一三、〇〇〇円であるから、右更正決定のうちこれを超える部分には、原告の当該年度の所得金額も過大に認定した違法がある。
(原告の主張に対する被告の答弁)
第一、二項の事実は認める。第三項は争う。
(被告の主張)
一、原告は肩書住所地においてミシン八台等を設備し、従業員数名を使用して毛メリヤスの縫製加工(ミシン加工)業を営んでいたものである。
二、原告は被告の本係争年分の所得調査に際し収入および諸経費の明細書を提出したが、この算定の基礎となるべき帳簿の備付がなく、請求書、領収証等の原始記録の整備保存もきわめて不完全なものであつた。
そこで被告は原告の取引先等について調査したところに基づいて右明細書を検討し、原告の所得金額を算定したが、その結果は原告の申告額と異なつていたので本件更正処分におよんだものである。しかして原告の昭和三八年分の所得金額の計算の根基は別紙(一)のうち、被告主張金額欄記載のとおりである。したがつて、本件年分の原告の所得金額は金一、二三〇、五四六円を下るものでないからこの範囲内でなした被告の本件更正処分には原告主張のごとき過大認定の違法はない。ところで後記原告主張の金額からみて争のある点(別紙(一)争の有無の欄<1>乃至<7>参照)について詳述する。
<1> 公租公課中、固定資産税三、三六〇円、これは調査の際の原告の申立額によつたものである。
<2> 原告主張の商工会費六、〇〇〇円、これは事業上の経費とはならないものである。
<3> 光熱費のうち、ガス代および電灯料、これについては原告の事業上の経費とならない金額(生計費から支出すべき金額)が各二四、〇〇〇円あると認められたので、各支払総額(いずれも原告の申立額―ガス料金七八、八九八円、電灯料金七七、二〇二円―によつた)からこれを控除したものを経費に算入したものである。
<4> 旅費通信費(電話料三五、〇一八円)、
原告の電話料を都島電話局において調査したところ、三五、〇一八円であつた。なお当該経費目については、右電話料以外の支出の事実は認められなかつたものである。
<5> 接待交際費(金一〇、〇〇〇円)
被告の調査によると、原告は接待交際費支出の事実を証する記録も全く保存しておらず、その支出額を確認することができなかつたが、原告がかりに右経費を支出していたとしても、その得意先が二軒である等のことからその支出額は一〇、〇〇〇円をこえるものではないと認められたので交際費も一〇、〇〇〇円と認定したものである。
<6> 修繕費(金一〇、九九〇円)
右経費は大阪市都島区都島本通泉谷ミシン株式会社に対するミシン修繕代および油代の支払額である旨原告が申し立てたので調査したところ、その額は金一〇、九九〇円であつた。
<7> 雇人費(一、五七九、〇〇〇円)
右経費は調査の際の原告の申立額によつたものである。
原告が本件調査に際して最初に被告に提示した明細書によれば雇人費は一、二二二、五〇〇円となつていたのであるが、被告より収入金額の脱ろうを指摘されるに及んで右明細書記載額は実際より過少なものである旨申し立てて、改めて被告に提出した明細書では雇人費は一、五七九、〇〇〇円であつたが、被告はこの金額を検討の結果、妥当と認められたので原告の申立額を雇人費として経費に算入したものである。(別紙(二)被告主張額参照)
なお、原告は本件審査請求において収支計算書を提出し、雇人費は二、一三四、四〇〇円である旨申し立てたので大阪国税局長において調査したところ、原告はその申立額にかかる雇人費を支出したことを証明する帳簿書類は備付ておらず、かつ、原告の元従業員等を調査した結果は原処分において被告の認定した雇人費一、五七九、〇〇〇円は妥当であると認められたものである。
(被告の主張に対する原告の答弁)
一、被告主張第一項の事実は認める。
二、同第二項の事実に対し、原告の昭和三八年度分の所得(収入及び諸経費)は別紙(一)原告主張金額欄記載のとおりである(同表争の有無の欄の○印は被告の主張を認めたもの、右以外については被告の主張を争う。)から被告は所得金額を過大に認定した違法がある。ついで争のある点に関する被告の主張に対し反論する。
<1> 公租公課中の固定資産税は原告が営業用としている建物(土地)は親戚の名義となつているが、実質は原告の所有であり、営業部分としての使用割合からみて右建物(土地)に対する昭和三八年度固定資産税のうち、金五、〇〇〇円を営業経費として計上したのは相当であり、被告が否認するのは理由がない。
<2> 商工会費六、〇〇〇円、これは月額五〇〇円であつて事業上の経費である。
<3> ガス、電灯料。原告(家族)の純然たる生活上のガス、電灯使用料が月額各二、〇〇〇円とする被告の認定は根拠のないものである。原告の算定によると、ガス料金については総支払額七八、八九八円の九割(七一、〇〇八円)電灯料金については総支払額七七、二〇二円の八割(六一、七六二円)が営業経費となる。
<4> 旅費通信費(電話外)、これは原告の算定によれば、月額三、〇〇〇円とみて年間三六、〇〇〇円である。
<5> 接待交際費。原告程度の営業内容で接待交際費が年額わずか一〇、〇〇〇円しか経費として認めないのは営業の実態を無視したものである。原告の算定によると、月額三、〇〇〇円とみて年間三六、〇〇〇円である。
<6> 修繕費、これは訴外泉谷ミシン店に対する支払で、ミシンの修繕、油代などであり原告の算定によれば月額三、五〇〇円とみて年間四二、〇〇〇円となる。
<7> 原告主張の雇人費は別紙(二)原告主張額のとおりである。被告主張額(別紙(二))は原告方雇人の食事手当の計上を否認したものであるが、原告が住込雇人については三食(月額五、〇〇〇円)、通勤雇人については昼食を支給しているのは事実であり、当時の物価等からみてもその金額は妥当であり、原告の主張は何等不自然ではない。
なお、昭和三九年度からは被告も右の食事手当を含めて、雇人費として認めているものであり、この点からも被告が本係争年度においてこれに固執するのは不当でなんら根拠がないものといわざるを得ない。
第三、証拠関係
原告訴訟代理人は甲第一ないし三号証、第四号証の一ないし三、第五ないし八号証を提出し、証人山根秀人、同岡本照子の各証言ならびに原告本人尋問の結果を援用し、乙第三、四号証の成立は不知、その余の乙号各証の成立は認めると述べた。
被告訴訟代理人は乙第一号証の一ないし四、第二号証の一、二、第三ないし六号証を提出し、証人村田好三の証言を援用し、甲第一号証の成立は不知、その余の甲号各証の成立は全て認めると述べた。
理由
一、原告の主張一、二、被告主張一、は当事者間に争がない。
二、被告は本係争年度の原告の所得金額は金一、一七六、〇〇〇円を上廻る旨主張し、原告は六一三、〇〇〇円であるとしてこれを争うので検討する。
当該年度の原告の売上額金三、五二七、九四五円、経費中事業税金五、〇〇〇円、軽自動車税金二、〇〇〇円、大阪毛メリヤス協同組合費金二、四〇〇円、水道料金二、四〇〇円、電灯以外の電力料金一〇、五四一円、火災保険料一六、〇〇〇円、消耗費金二〇四、〇〇〇円、福利厚生費九一、四八〇円、減価償却費五八、九五〇円、外註費金一五八、一六〇円については費目、金額につき当事者間に争がない(別紙争の有無の欄参照)。そこで、本件争点について順次判断する。
(1) 固定資産税(被告主張額金三、三六〇円、原告主張額金五、〇〇〇円)、成立に争なき甲第四号証の一ないし三ならびに原告本人尋問の結果によると、原告が(その一部を)営業の用に供している土地、家屋(二戸)は、子供又は親戚名義ではあるが、その固定資産税はいずれも原告が負担していること、その総額は本件年度においては金一八、四〇〇円であつたこと、右土地、建物について原告がその営業に使用する割合は全体の約七割であることが認められ、右認定に反する証拠はない。
従つて、本件年度において経費として認容さるべき固定資産税は金一二、八八〇円であるから、この範囲内の金額を主張する原告の主張額は正当である。
(2) 民主商工会費(原告主張額金六、〇〇〇円)
成立に争なき甲第一号証および原告本人尋問の結果によると、原告は旭都島商工会の会員であつて、本係争年度において金六、〇〇〇円を会費として支払つたことは認められるが営業上の所得を得るために要する経費を認めるに足るだけの証拠がない、この点に関する原告主張は採用できない。
(3) ガス料金、電灯料金
原告の係争年度中におけるガス料金の総支払額七八、八九八円、電灯料金の総支払額七七、二〇二円については当事者間に争がない。
被告は原告主張額を否認して、事業上経費とならない金額(生計費から支出すべき金額)が各二四、〇〇〇円(月額二、〇〇〇円)と推定し、前記各総支払額からこれを控除したものを経費と算定した。
しかし、本件全証拠に照らすも、原告の家族関係、原告が家庭用に使用する電気器具、ガス器具の種類、数等を知ることが出来ず、又一般家庭における平均使用料等被告の右推計の合理性を証するに足る証拠も存しない。
従つて、この点に関する被告の主張は失当たるを免れぬから、特段不合理とは解せられない原告の主張額をもつて計算の根基と認める。
(4) 旅費、通信費
成立に争なき乙第二号証の一によれば、原告が本係争年度に支払つた電話料金は金三五、〇一八円なるところ被告は右電話料金以外には旅費、通信費として支出した事実がない旨主張して原告の主張額(三六、〇〇〇円)を否認した。
しかし、原告程度の営業規模において、一年間の旅費通信費が電話料金のほかは皆目ないということは通常考えられず、被告が否認額は年間僅か金九八二円(原告主張額三六、〇〇〇円と被告主張額三五、〇一八円との差額)にすぎない。従つて、特段の事情の認められない本件にあつては、被告が原告の右主張額を否認すべき何等の合理性も認められない。
(5) 接待、交際費
原告は本件年度における接待交際費の支出は金三六、〇〇〇円(月額三、〇〇〇円)をもつて合理的な額と主張しているがこれを立証するに足る証拠資料は何も存しないし、原告本人尋問の結果によれば、原告の受注先は一軒であり、特別の接待を要するとは窺えない、その他原告の営業の規模、内容等を併せ考えると原告主張の額は過大であり、年額一〇、〇〇〇円とする被告主張額をもつて相当と解する。
(6) 修繕費
原告は、大阪市都島区都島本通六丁目五〇番地訴外泉谷ミシン株式会社に対するミシン修繕代、油代等四二、〇〇〇円(月額三、五〇〇円)と主張するが、証人村田好三の証言によつて真正に成立したものと認められる乙第三号証ならびに同証言によると、本件年度においては、泉谷ミシン株式会社に対する支払は金一〇、九九〇円であつて、他に原告が審査請求の段階において取引があると申立ていた大阪市都島区内代町一丁目四八番地泉谷ミシン商会に対しては支払の事実がないことが認められる(右認定に反する原告本人尋問の結果は措信しない)からこの点に関する原告の主張は失当である。
(7) 雇人費(被告主張額金一、五七九、〇〇〇円、原告主張額金二、一一八、八〇〇円)。昭和三八年当時の原告方の従業員(人名ならびに員数)、その勤務期間ならびに賞与、退職金の額については当事者間に争のないところである。(詳細は別紙(二)のとおり)
原告は別紙(二)被告主張の金額は現金支給額であつて、右現金支給額以外に食費等をも負担(一部は現物支給)している(その総計は同表原告主張額のとおり)旨主張するのでこの点について判断する。
成立に争なき乙第一号証の一ないし三、同乙第五号証、証人村田好三の証言により真正に成立したものと認められる乙第四号証および同証言ならびに原告本人尋問の結果によれば、原告は当該年度の所得税の確定申告に当り、当初収入、支出双方を減額したうえこれを申告したこと(その雇人費は総額一、二二二、五〇〇円と申告していたこと)、その後被告より売上金額の脱漏を指摘されるに及んで、雇人費を一、五七九、〇〇〇円(その明細は別紙(二)被告主張金額のとおり)と申し立したこと、更に審査請求の段階に至つて、賃金台帳によるものとして右金額を二、一三四、四〇〇円と増額主張するに至つたこと(本訴においては原告の計算間違によるものとして別紙(二)原告主張金額のとおり二、一一八、八〇〇円と主張する)、右のように増額主張するに至つたのは、雇人費一、五七九、〇〇〇円は現金給付の総額であつたが、その他に住込従業員ならびに通勤従業員の一部に対する食事の支給、他の通勤従業員に対する昼食費の支給、および全従業員の健康保険料の負担などの支給があつたのでこれを加算すべきものとしたのであつて、住込従業員については一人当り月額五、〇〇〇円、通勤従業員については一、七〇〇円を計上したこと、そこで、大阪国税局協議団本部村田協議官は原告に対し、右支出を証する書類の呈示を求めたが、原告はそのような書類はないとして呈示しなかつたので、右村田は社会保険基準給与(申立額より大幅に少ない)を調べ、次いで、本件係争年度中は原告方の従業員であつて後に退職した中西ヒデコ、吉井八重子方をそれぞれ訪ねて当時の給与額を確認しようとしたが、同女等がいずれも不在であつたためこれを果たし得ず、帰路原告の同業者である同協議官の知人に偶々出合つたのでこれに初任給を質問したところ、食費込みで八、〇〇〇円から九、〇〇〇円だとの答弁を得たところから、当該年度の原告が支給した雇人費は、総額で金一、五七九、〇〇〇円(その明細は別紙(二)被告主張金額のとおり)であつて、前記食費、保険料等は右総給与額からそれぞれ差引かれていたものと認定したことが認められ、これに反する証拠はない。
ところで、原告本人尋問の結果により真正に成立したものと認められる甲第一号証、成立に争なき乙第一号証の三および証人山根秀人、同岡本照子の各証言ならびに原告本人尋問の結果によると、本件年度当時原告方には別紙(二)住込通勤区分欄記載のように、住込従業員が一〇名、通勤従業員が三名いたこと、原告は住込従業員には三食を支給し、(通勤従業員の一部の者には昼食を支給し、他の者にはこれに見合うものとして一食当り六〇円月額一、七〇〇円を交付していた、これらは月給として別紙(二)の被告主張金額を現金で支給した以外の支給であつたこと(これが業界の通常の雇傭型態であることが窺われる)、また健康保険料のうち被保険者(従業員)負担部分も事業主たる原告の負担としていたこと、その他通勤従業員の交通費、住込従業員の寝具等を原告が負担していたこと、したがつて原告は本件年度においてこれら従業員のために出捐した経費を住込従業員一人については一ケ月五、〇〇〇円通勤従業員一人については一ケ月一、七〇〇円を現金支給の上に加算して雇人費として計上(別紙(二)原告主張金額)したことが認められ(右認定に反する証人村田好三の証言は措信しない)、なお右認定の如き従業員のために出捐した経費(雇人費)として、原告本人尋問の結果によると本件年度の前年度(昭和三七年分)においては住込従業員一人一ケ月につき食費名目で四、〇〇〇円、次年度(昭和三九年分)においては六、〇〇〇円が確定申告に際し承認されて来たことが認められるから本件年度における住込従業員に支給した食事等の経費は月額五、〇〇〇円とするのが相当である、そうすると住込従業員一人につき月額五、〇〇〇円通勤従業員一人につき支給した食事等の月額一、七〇〇円(別紙(二)の中西の一〇月分については七〇〇円)を増額した雇人費を主張する別紙(二)の原告主張金額は正当なものといわなければならない。
三、そうだとすると、原告の本件年度における所得金額は別紙(一)裁判所算定額(認定)欄記載のとおり金六六三、四五四円をもつて正当とするからこれを越える限度において原告の請求はこれを認容することとし、その余の部分はこれを棄却することとする。
よつて訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条本文を適用して主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 石崎甚八 裁判官 仲江利政 裁判官 光辻敦馬)
別紙(一)
<省略>
別紙(二)
<省略>
上段黒字は被告主張額、下段赤字は原告主張額、賞は賞与、退は退職金を示す。赤○印は原被告双方争ナキ額を示す。
住は住込、通は通勤を示す。住、通は原告の主張。